本人は気づかないが、いつも拡大鏡を持ち歩いて、人の欠点ばかりのぞき回っている者がいる。
ジョン・ワナメーカー
相手は間違っているかも知れないが、彼自身は、自分が間違っているとは決して思っていないのである。だから、相手を非難しても始まらない。非難は、どんな馬鹿者でもできる。理解することに努めねばならない。賢明な人間は、相手を理解しようと努める。相手の考え、行動には、それぞれ、相当の理由があるはずだ。その理由を探し出さねばならない。そうすれば、相手の行動、さらには、相手の性格に対する鍵まで握ることができる。ほんとうに相手の身になってみることだ。
デール・カーネギー
相手の意見がこちらと違うからといって、相手の頭をたたき割ろうとするのは筋が通らない。この論法でいけば、十年前の自分と今の自分は違うのだから、自分の頭をなぐるのが当然ということになる。
ホーリス・マン
人間嫌いを直す簡単な方法がある。それは他人の長所を見つけることだ。
デール・カーネギー
人と話をするときは、その人自身のことを話題にせよ。そうすれば、相手は何時間でもこちらの話を聞いてくれる。
ベンジャミン・フランクリン
信頼は鏡のガラスのようなものである。ひびがはいったらもとどおり一つにはならない。
アミエル
自己の向上を心がけている者は、喧嘩などする暇がないはずだ。おまけに、喧嘩の結果、不機嫌になったり自制心を失ったりすることを思えば、いよいよ喧嘩はできなくなる。こちらに五分の理しかない場合には、どんなに重大なことでも、相手に譲るべきだ。こちらに十分理があると思われる場合でも、小さいことなら、譲ったほうがいい。細道で犬に出会ったら、権利を主張して咬みつかれるよりも、犬に道を譲ったほうが賢明だ。たとえ犬を殺したとて、咬まれた傷は治らない。
エイブラハム・リンカーン
三十年前に、わたしは人をしかりつけるのは愚の骨頂だと悟った。自分のことさえ、自分で思うようにはならない。神様が万人に平等な知能を与えたまわなかったことにまで腹を立てたりする余裕はとてもない。
ジョン・ワナメーカー
口論はだれにもできるゲームだが、双方とも決して勝てない奇妙なゲームである。
ベンジャミン・フランクリン
君の悲哀がいかに大きかろうと、世間の同情を求めてはいけない。同情の中には軽蔑の意が含まれているからだ。
プラトン
会って直談するのが、悪感情を一掃するのに最上の方法である。
エイブラハム・リンカーン
恩を受けた人は、その恩を心にとめておかなければならない。しかし、恩を与えた人は、それを覚えているべきではない。
キケロ
扱いにくい相手とうまくつきあうには、相手が何とか自分を優秀に見せようとして、 躍起になっていることを念頭におくことだ。そしてその観点から相手とつきあってみることだ。
アルフレッド・アドラー
われわれは自分を評価する物差しを使って他人を評価しないことが、あまりにも多い。
トマス・ア・ケンピス
われわれはお互いに相手を尊敬すべきだ。どっちみちお互いに大した人間ではないのだから。百年もすれば完全に忘れ去られてしまう。人生は自分の手柄話をとくとくと述べたてるには短すぎる。相手に話をさせよう。
デール・カーネギー
どんな馬鹿でも、あら探しをしたり、難くせをつけたり、苦情を言ったりできる。そしてたいていの馬鹿がそれをやる。
ベンジャミン・フランクリン
どのように話すかは、話の内容と同じくらい重要である。判断力を持っている人間よりも、耳をくすぐられて喜ぶ人間の方が多い。
チェスタフィールド
いかなるときでも、おじぎはし足りないよりも、し過ぎたほうがよい。
トルストイ
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